Ex Chapter「日常の価値」

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Skyf Lute

コイン亭ブルプロアンソロ

おたんぬ様主宰のブルプロアンソロ2に出させていただいた小説になります。

「ティリス、体の調子はどう?」  アステルリーズ神殿からの下り道。 「まだ体は重いですが、教団の医師曰く筋肉量が低下しているだけで、他に目立った異常は無いと」  彼女がシェルに取り込まれて実に半年以上。それを思えば奇跡的とも言える健康状態だろう。 「そう、それなら良かった」  しっかりと隣を歩けている様子から問題無いだろうとは分かっていたが、やはり本人の口から聞くと安心できる。 「多くの方に、ご心配をおかけしてしまって。まずはご亭主にも、しっかりと挨拶しなければですね」 ――そうだ。そうだった。  何の気なしに発しただろう言葉が、重大な事実を告げる。 「えっと、ティリス」  話そうとする事の重みに、自然と足が止まる。 「先輩?」 「大事な話をさせて」  しかし、話さなければならない。ティリスがシェルに取り込まれてしまってからの、数々の出来事を。 悲劇を、謀略を、冒険を、戦いを。  双面コイン亭前に着く頃には、大方のことを話し終え、ティリスは苦悶の様子で口を開いた。 「……私は、間違っていたでしょうか」 「あの時もし、ティリスがシェルに取り込まれていなければ、起きなかった悲劇、生じなかった犠牲があったかもしれない」  そんな仮定も、考えずにはいられないのは分かる。  私もそうだ。もしあのとき、私の手が、ティリスに届いていれば。そう思うことは何度だってあった。 「でも、ティリスが守ったものは、ちゃんとある」 「えっ?」  コイン亭の扉を開け、ティリスを中へと促す。 ――パッ!! 「「「「「「「ティリス(さん)、お帰りなさい!!」」」」」」」  クラッカーの破裂音に迎えられ、ティリスは驚きで目を丸くした。  笑顔でティリスを迎えた面々の中から、エーリンゼが花束を持って進み出る。 「ティリス、無事に戻ってきてくれて…」  感極って溢れた涙を袖口で拭うエーリンゼ。 「本当に、良かった」  コイン亭に集まった一同も口々に、ティリスの無事を祝う。優しい空気に包まれて、彼女の目が潤む。  手渡された花束の重みが心地良い。 「エーリンゼ様、皆さん……」  ティリスが見回せば、目のあった皆、フェステが、ジェイクが、アインレインが、カーヴェインが、シャルロットが、エーリンゼが、優しく頷く。 「多くのご心配と、ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした。こうしてまた、皆さんとお会いすることができて、本当に、嬉しいです…」  堪えていた涙が、ティリスの目から溢れて止まらない。 「もうっ、今日の主役はティリスさんなんだから、泣かないの」  そう言って進み出るシャルロットもまた、目には涙が浮かんでいる。 「それより見て、この花束。私とアインレインで作ったの」 「道草花、きれいな色を選んだ」  花束は鮮やかな青をした大輪が目を引き、とりどの花が散りばめられている。  それは、世間にとってはありふれたものだろうが、ティリスにとって格別の美しさを持つ花束だった。 「はい、とても素敵で、こんなものを頂いて、嬉しいです。大事に飾らせていただきます」 「うむうむ、そうするが良いのじゃ。ではジェイクよ」 「おう、レディのためにご馳走をたんまりと用意してるぜ」  ジェイクの言葉通り、コイン亭の丸テーブルにはとりどりの料理が多く並べられていて、どれも食欲をそそる美味しそうな見た目と匂いを放っている。 「こっちの食材は、カーヴェインに調達してきてもらったんだぜ」 「俺にできることを、手伝わせてもらいました」 「助かったぜ。実際、俺だけじゃ食材まで手が回らなかったしな」  ジェイクが隣に立つカーヴェインの背を叩くと、彼は少し照れくさそうだ。 「さぁ、食べましょう!」  宴は終始賑やかだった。  メイド服になって給仕を行うエーリンゼにティリスは恐縮しっぱなしであったり、後からいっぱいのジュースを抱えてやってきた歌姫二人が、シャルロットと共に即席のステージを披露したりもした。  手伝った料理の味を褒められて、エーリンゼは照れながらも嬉しそうで、ティリスは長い別離を埋め合わせるように多くの人とたくさん会話をした。  夜も更け、多くの料理も食べ尽くされたことで、「ティリスお帰りなさいの会」(エーリンゼ命名)はお開きとなった。  ジェイクやエーリンゼ、フェステが階下で後片付けをする中、流石に疲れた様子のティリスは、二階の部屋のベッドに腰掛けると、すぐに上半身ごと倒れ込んだ。 「流石に、食べすぎました。お腹いっぱいです」  はにかむティリスの隣に座る。 「たくさん食べて、体力戻さないと」 「それもそうですね」  夜の静寂と、微かに聞こえる階下の賑やかな声。長らく感じていなかった、日常の気配。  きっと今、ティリスと自分は同じ思いを抱いている。根拠はないけれど、ふと、そんな気がした。  ティリスが体を起こす。 「先輩」 「なに? ティリス」 「私は、この惑星の未来を守りたい。エーリンゼ様の望む未来でもあるけれど、私自身も望む、未来のために、これからも、力を貸していただけませんか」  ティリスの望む未来、それはきっと……。 「お腹いっぱいに料理を食べて、親しい人と安らいで、今私が感じている『日常』の幸福を、世界の誰もが、当たり前に享受できる。そういう未来を、この惑星に残していきたい。そう、思うんです」  うん。  それはきっと素敵な未来で、素晴らしい望みだ。  だから……。 「うん、これからもよろしく」 「ありがとうございます、先輩!」  当然である。  なんと言ったって、私は下僕の先輩であり、彼女は私の後輩なのだ。 「下の片付け、手伝ってくるね」  私は立ち上がり、廊下の方へ向かう。 「ティリス、ゆっくり休んでね」 「はい、おやすみなさい」 「うん、おやすみ」  ドアを開ければ、階下の賑やかな声がはっきりと聞こえる。 ――エーリンゼ、ちょっと持ちすぎじゃぞ ――え、なんですかフェステさ、あ ――ガシャッ  こんな日常も、いや。  こんな日常が、たまらなく愛おしい。 「下僕ぅ! 皿の片付けを手伝うのじゃぁ!」

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