東風豆腐To-Friend

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じじょう

エーリンぜがフェステに料理を教わる話

東風豆腐To-Friend   「料理を教えてほしい、じゃと?」    丸いテーブルに頬杖をつきながら、黄色い角を携えた亜人の少女──フェステが声を上げる。  フェステの正面にいるのは淡い紫の長髪に、気品の高さの伺えるドレスを纏った女性──エーリンゼだ。  二人は普段コイン亭にいることが多いのだが、今はあえて場所を変え少し離れた場所の廻る舵輪亭に来ていた。 「はいっ! お願いしますフェステさん!」 「まあ別によいが……なぜまた急に? 自炊にでも目覚めたのか?」 「いえ、そうではなく……」  エーリンゼは言い淀み、周囲に知り合いがいないことを確認すると、いつになく真面目な声調《トーン》で続きを話す。 「ティリスに、私《わたくし》の成長を見せたいのです」 「……ふむ」 「氷界で救出してから、ティリスの体調は随分よくなりました。今日にはもう退院できるそうです」  ティリスとはエーリンゼの従者にして友人とも言うべき女性のことだ。  色々あったのだが、かいつまんで話せば体を化物《シェル》に奪われ変態《ユーゴ》に操られ、そして竜王との決戦の果てにフェステたちによって解放された。  それまでの間に肉体に損傷《ダメージ》が蓄積しており今の今まで教団の医療施設で療養生活を送っていたのだが、今日で晴れて退院できるという訳だ。  現在フェステの下僕第一号である冒険者が第、二号であるティリスの迎えに行っている。 「それならワシに料理など教わっておる場合ではなかろうに」 「いえ、だからこそなんです! せっかく体も良くなって退院できたというのに、私が以前と同じようにティリスに世話してもらっては彼女の負担となってしまいます。自分のことは自分でできると証明して、ティリスを安心させたいのです!」  そもそもティリスの一件はエーリンゼの思慮の甘さと力の至らなさから来てしまったものだ。他の者はそう思っていないが、何よりエーリンゼ本人がそう考え悔いている。  それだけのことがあったのに自分の食事すら自分で用意できないような体たらくでは、合わせる顔もないだろう。 「なるほどのう。……よし! ならば退院パーティで出す料理をワシらで作って、帰ってきたティリスに腹いっぱい食べさせてやるぞ! えいえい、おーっ!」 「おーっ!」    *    秘密の会議を終えた二人は、舵輪亭からいつものコイン亭に場所を移した。退院パーティをここで行うからだ。 「料理初心者のエーリンゼ《おぬし》でもそれなりにできて、かつ|ティリス《あやつ》の好みに合いそうな料理と言えば──東風料理じゃな」 「トーフー?」  聞き慣れない単語にエーリンゼは首を傾げる。 「東方の島国……よりは少し西《こちら》側に位置する大陸でよく見られる料理のことじゃ。香辛料をよく使うんじゃが、サラムザートにあるようなモノとは違い、基本的に油で炒めるか揚げるかしかせん。これならそう難しくもなかろうて」  早い話が中華料理だ。レグナスに中華という概念がない可能性を考慮し、便宜上東風料理と表現させてもらう。 「それでも少し不安ではありますが……頑張ります!」 「うむ! ではやっていくぞ。ティリスたちが来るまでそう時間も残されておらぬし、中でもそう時間のかからぬ料理……よし、麻婆豆腐にするか!」 「またトーフー、ですか?」 「トーフ違いじゃい。大豆から作ったこの白いぷにぷにじゃよ」  フェステは冷蔵庫から豆腐を取り出し、軽く揺らしながらエーリンゼに見せる。 「ああこれでしたか! 菜食主義《ベジタリアン》の方やダイエット中の方が好んでいるものですよね!」 「そうじゃな。じゃが今から作るのはダイエットとは真反対の超ジャンキーな料理じゃ! まずはにんにく、生姜、ねぎをみじん切りにせい」 「みじん切り……細かく刻めばいいんですよね!」  フェステの指示を受け、エーリンゼは両手に包丁を握る。  その姿にギョッとしたフェステは大慌てで包丁を片方取り上げた。 「あっ、危ないわ! 包丁は基本一つしか使わん! そして食材を抑える手は猫の手に!」 「猫の手……あ痛《いた》っ」  フェステが猫の手の見本を見せ、それと同じようにして食材を抑えるが、それでも刃物の扱いに慣れないエーリンゼは手元を狂わせ指を切ってしまう。 「大丈夫か? ほれ絆創膏。しょうがない、切るくらいはワシが──」 「いえ、フェステさん。お気持ちはありがたいですが、これは私が全てやらなければならないのです。そうでなくては……」  エーリンゼは指の痛みに顔を歪ませながらもまな板に向き合う。 「……そうじゃったな」  真剣なその表情に、フェステは出しかけた手を引っ込め、指示出しに徹することを決めた。   「ならばここからは熱血鬼教官モードでゆくぞ! コンロを強火! 鉄鍋に油を入れ刻んだ食材を炒めるんじゃ!」 「はいっ! ……きゃっ!」 「いちいち火にビビるでない! 油も跳ねるが耐えろ!」 「はいっ!」 「フェステ先生! 味見をお願いします!」 「うむ。……うっ」バタン。 「先生!?」 「花椒《ホアジャオ》入れすぎじゃおバカ! 口ん中に電撃食らったのかと思ったわ! レシピは守れい!」 「はいっ!」    *    二時間後。 「どうですか、先生……?」  スプーンをパクリと口に加えたフェステに、エーリンゼは恐る恐る尋ねる。  フェステは目を閉じ味覚に意識を集中させ──。 「──合格じゃ。よく頑張ったのう、エーリンゼ」 「……っ! はいっ! ありがとうございます……っ!」  フェステはにかっと笑い、親指を上に立てる。  この二時間の格闘の末ついに合格をもらえたことで、エーリンゼは少しだけ視界を潤ませるが、ぐっと堪える。  だがこれはまだ準備に過ぎない。今日の最大の目的は── 「みなさん、お久しぶ、り……ってあれ、エーリンゼ様!」 「とフェステじゃん。我らがお姫様のお迎えに行かずに何してんのさ」  ガチャリ、とコイン亭の扉を開け姿を見せたのは、少し伸びた青髪を揺らすティリスに、その迎えに行っていた下僕だ。 「おう下僕! それにティリス! 実はこやつとパーティの準備をしておってな! ほれ突っ立っておらんで座れ!」  フェステは厨房から出て二人を迎え入れると、テーブル席に座らせる。 「ちなみにティリス、晩ご飯はまだ食べておらぬか?」 「あっはい、これから久々に料理しようと思っいたので」 「おっ! それなら……さ、エーリンゼ」  二人を座らせると、今度は厨房に残っていたエーリンゼを席まで引っ張ってくる。  エーリンゼの手には、先程合格をもらったばかりの麻婆豆腐が。 「その……退院祝いに、私が作ってみたの。お口に合うといいのだけど……」  はじめて料理を振る舞うという状況に緊張しながら、エーリンゼは器をティリスの前に差し出す。  正直、見た目はあまりよろしくはない。少し形の崩れた豆腐に、焦げのある具材たち。いつもティリスの作ってくれた料理とは大違いだ。  だが。 「……いただきます」  ティリスはそんなこと微塵も気にせず、スプーンで掬い口に入れる。  そしてよく咀嚼し、飲み込み。 「──美味しい。本当に美味しいです、エーリンゼ様」  頬を緩ませ、心からの嘘偽りない感嘆を口にした。  ティリスのその表情と言葉に、エーリンゼの瞳から先程堪えた涙が溢れる。 「よかった、よかったあ……これで不味いと言われたらどうしようかと……!」 「エーリンゼ様が丹精込めて作ってくださったものをそんな風に言ったりなんかしませんよ! というかお世辞抜きにちゃんと美味しいですし……って、どうされたんですかその手!」  安堵し泣くエーリンゼを介抱しようとした瞬間、ティリスは傷だらけになったエーリンゼの手を見つける。 「気にしないで、私がちょっとミスをしただけだから」 「気にしますよ! 痛くはないですか!? せっかく綺麗な手に痕が残ったりしたら──」 「──いいの」  心配するティリスを、エーリンゼは自らの言葉で遮る。 「この傷も、痛みも、私の未熟と成長の証だもの。誰のものでもない、私だけの宝物なんだから」  エーリンゼは涙のあとの残った笑顔で、少し痛む手を誇らしげに掲げる。  自ら挑戦し、幾度もの失敗を通り、ようやく掴んだ成功の証だ。それならばもう、ティリスに口を挟むことはできない。 「……強くなりましたね、エーリンゼ様」  ただ、主人の成長を喜ぶだけだ。   「ところでこの失敗したのはどうする? 下僕食うか?」 「捨てるくらいなら食べるけど」 「エーリンゼ様が作ってくださったものなんですから、従者の私が責任持って食べます!」  先輩に失敗作の処理をさせる訳にはいかない、とティリスはフェステの持っている器を引き取り食べる。花椒《ホアジャオ》を入れすぎてフェステが倒れた例の失敗作だ。 「……え、全然美味しいじゃないですか。というか私こっちの方が好きですよ」 「本当《ほんと》?」  この時、下僕は舐めていた。皿をではなく、ティリスの辛党加減を。ティリスの舌のバグり具合を。 「うっ!」  パクリと一口食べた瞬間、白目を剥いてその場にバタンと倒れた。 「せっ、先輩!?」 「やっぱそうなるのが普通じゃよな」                            おしまい

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